最近の異業種からの新規参入の事例でいえば、SイレブンやS、SBなどの銀行業への参入があげられよう。 典型的な規制業種であった銀行ですら、急ピッチで新規参入が始まったのである。

グローバル競争の激化する中で、最も重要な考え方は総花的な事業展開でなく、徹底的にコア・コンピタンスに特化するということである。 コア・コンピタンス経営をいち早く実践し、大成功を収めた企業の例としてGE(ゼネラル・エレクトリック)がある。
GEのジャック・Wは1981年にCEOに就任したが、当時のGEは日本の家電メーカーに押されて、存続すら危ぶまれている状況にあった。 企業戦略に特化した世界初の経営コンサルティング会社として、1963年にボストンに創設。
1966年、世界2番目の拠点として東京事務所を開設。 世界31カ国に43カ所の事業所を有し、日本での従業員はWが偉かったのは、グローバルな大競争時代には、徹底的に経営資源を集中させ、業界でナンバーワン、もしくはナンバーツーに位置するようにならなければ、 利益は上がらないと考え、有名な「ナンバーワン、ナンバーツー戦略」を提唱したことである。
つまり、3年以内に業界1位、2位になれない事業からはさっさと撤退するという、非常に困難な経営課題に挑戦した。 この徹底したコア・コンピタンス経営が功を奏して、その後のGEの業績は絶好調である。
株式の時価総額でみても、リアル企業の中ではトップであり、全体でも5位以内には入る超優良企業だ。 今日でこそ「選択と集中」が経営戦略の常識になっているが、81年当時は、まだボストン・コンサルティング流の「事業ポートフォリオ戦略」が主流を占めていた。
事業ポートフォリオ戦略というのは、大企業は基本的に複数の事業を抱えるべきで、ある事業は着実に儲かり、ある事業はいまは赤字でも将来に備えて手がけておくというように、さまざまな段階の事業部を組み合わせる。 この最適な事業ポートフォリオを考えるのが、経営者の本来の仕事であるという考え方である。
そうした事業ポートフォリオ戦略が主流であった時代に、Wはいち早く、総合主義的な事業展開では、グローバルな大競争に勝てないと認識し、「ナンバーワン、ナンバーツー戦略」を実行に移したのである。 この年は、レーガンが大統領に選ばれた年で、彼の掲げた「小さな政府」、「市場開放」、「規制撤廃」といったその後のグローバル化を生み出す政策の流れと、Wの戦略とがぴったり合ったといえよう。
世界最大のコンピュータメーカー。

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